「黄色人種なのにどうして白い色がいいのか?」
人間を作ろうとした神様が粘土を捏ねて焼くと焦げて黒くなった。次は生焼けで白。三度目にやっと、ほどよい黄色の神様が理想とする人間ができた、という神話がある。
千夜一夜物語で名医と女奴隷タワズートの論議でタワズートは、アダムについて「アダムという名はウドマーつまり小麦色の顔色から」と説明している。生物学的にヒトはサルから進化したとされる。そこで白人の先祖はチンパンジー、黒人の先祖はゴリラ、黄色人種の先祖はオラウータンと言った人があった。それぞれの動物の皮膚の色をみれば確かに一致するが正しくはない。
黄色人種なのに日本人は白い肌が好きだ。敵国のものは全てダメだという戦時中でも「従軍看護婦」を歌った軍歌に「真白き腕をさしのべて・・」と黄色人種にはない肌の色が出ても問われることはなかった。
いま、美白時代になっているが、イタリアはアンチ美白で「なぜ美白がいいの?」と聞いてくる。美白化粧品に用はなく、むしろ肌を焼くことに務めている国もあるのだ。
美女といえばクレオパトラ・楊貴妃・小野小町と日本では言う。クレオパトラの肌が同郷のマケドニア人のように白かったのか、ギリシャ人のようにオリーブ色だったかは判らないが、仮に白でなければ、世界の三大美女?は有色人種ということになる。
ところで旧約聖書というものがある。英語訳は1611年にジェームスT世の勅令でヘブライ語から訳されたものだが「顔を彩り」というところが「列王紀」下(9章)にある。ところが、その風習はなかったという考えから戦後に改訳された新英語聖書では「目に彩り」に変わった。目を彩るために使った色はグリーンである。なぜグリーンかといえば生命の素と信じられた血液が流れる血管の色はグリーンにみえる。つまり、大切な目をグリーンに彩ることによって、あの世に行ったときに再び命を取り戻すことができると古代エジプト人は信じていたのだ。マカライト(孔雀石)を粉にして使っている。
エジプトの化粧の特徴といえば、アイ・メイクであるが、流行?の理由はナイルの氾濫で発生するツエツエ蝿をよけるためと、強い太陽の光りから目を守るためであった。目の下にスミを塗っている野球の選手がいるがあれと同じで、目に飛び込んでくる眩しい光をカットしてくれるのだ。
江戸時代の作者、式亭三馬の「浮世風呂」にある「色の白いは七難をかくす」は今も使われている。多少器量が悪くても肌の色が白ければ美しく見える。というのだが、白い顔に似合う衣装というとき、色相が中心で明度配色ということが忘れられているような気がしてならない。 |